2015_01
23
(Fri)21:32

風のしわざ

「オレンジが一個なくなってるよ」と夫が言う。
鉢植えの小さなオレンジの木に3個実っていたのだ。
なにせ顔がゆがむほど酸っぱいのでそのまま食すわけにはいかない。
しかし幸い完全無農薬、そろそろもいでオレンジピールにするつもりだったのだ。
うおー、犯人は誰だ、カラスかヒヨドリかと色めきたつ。
庭に出てよく見たら鉢のそばに一個ころんと落ちていた。
こういうことが日増しに多くなっていくよねと笑って一件落着。



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2015_01
22
(Thu)22:19

親を送る

友人のFさんの名前は字が違うものの私と同じ。
もう10年も前のことだが母を亡くした後、
おうちへ遊びにいったことがあった。
玄関のチャイムを鳴らしたらお母様が出てこられた。
「ともこー、立花さんよー」奥に向かってそうおっしゃった。
そのときなんとも言い難い感情がわきあがったのを今でもよく覚えている。

私も母と同居していたので日に何度も「ともこ」「ともこ」と声をかけられた。
それが煩わしく思えるときもあった。
なのに失ってみるとと、ひたすら懐かしくありがたく、
ただただ友人がうらやましかった。

そのお母様が亡くなられたという報が届いた。
Fさん、あなたも「ともこー」と低い小さな声で呼ばれることがなくなったのね。


2015_01
21
(Wed)23:56

おきざり

駅の構内にトイレの案内アナウンスが流れる。
「左から きゃくようトイレ、男子トイレ、女子トイレの順です」
と私には聞こえる。
客用トイレ??と思っていたらこれが多機能トイレだった。

まず入口の耳、そして脳の問題だ。
人の発する言葉もときどきちゃんと聞こえないときがある。
「え?」と聞き返す回数が多くなった。

加えて脳内辞書の語彙不足。
”たきのう”と聞いてもすぐに”多機能”と変換できない。

時代は進み自分は後退するのだから
隔たりはひろがるばかりである。
2015_01
20
(Tue)17:42

大寒

暦に合わせるように今年一番の冷え込みだ。
厚着をしてカイロも貼り付けて出かける。
街ゆく人は前かがみ急ぎ足マスク顔。
手袋忘れの両手ポケット危険老人なので、
みんなに追い越されながら歩いていった。

2015_01
07
(Wed)21:34

バンクーバーの朝日

そんなことがあったのか・・・と考えさせられる場面が多かった。
強制収容所に送られるということひとつとってみても
ほとんどすべての財産を没収される理不尽さとか
前日までの暮らしを断ち切られて
小さなかばんを手に指定された所へ行かねばならない無念さとか、
全然分かっていなかったなあと思ったりした。
細かい部分で丁寧に時代を表現しているので、
あいまいな歴史認識の修正を迫る力のこもった作品だった。

ただ・・・この次はあっけらかんと笑える映画を選ぼう。
2015_01
03
(Sat)21:55

「再生」

石田衣良さんの短編小説集。
平凡な暮らしの中に小さな希望を見い出すといった内容。
そういう話にどうしても手がのびる。
そしてものすごく、でなくちょっと心動かされる程度がよろしい。
この本はそんな望みをぴったりかなえてくれた。

おまけ・作者の本名は石平さんなんだって。なるほどね。

2015_01
02
(Fri)23:51

告白

私は長くフルタイムで働いていたから
娘にとても大きな負い目を感じてきた。

同居していた私の母に子育てを任せっきりだったし、
いつも仕事に追われて彼女にきちんと向き合ってやれなかった。
・・・等々数え挙げたらきりがない。
母親らしいことを十分してこなかった申し訳なさがいつも胸にあった。

さすがに昨今はそのことを強く思うこともなくなったが、
ふと昔の話になって私の気持ちを告げたとき、
娘が少し言いにくそうにこう言った。
「もう一度生まれ変われるとしても
 またお母さんの娘で生まれてきたい」

言葉より先にあふれ出すものがあって、
幼い子どものように両手で目じりをぬぐった。